「ラストー!!」
トップの声を聞きつけ、メンバーが清算のために卓に駆け寄る。
卓上には札が飛び交い、それぞれの取り分を懐に収める。
もっとも札と言ってもピンのワンスリーだから千円札だ。
清算を済ませた俺は財布の中身をこっそりと確認する。
残り、5,200円。非常に微妙だ。次にラスを喰らったらまず払いきれない。
だが、これは逆にラスを喰らわなければ問題がないと考えることもできる。
なにより、今日だけで4万円以上も負けたまま引き下がれるわけがない。
学生にとって4万円といえば十分過ぎるほどの大金だ。
取り戻すまでやめられるわけがない。
当然のように続行を決意する。
そこに次回ゲーム代を徴収するメンバーの声がかかる。
俺は500玉と百円玉を1枚ずつ卓に置く。
これで残り4,600円。
そして、前回の半荘で対面と上家が抜けたので新たに2人が席につく。
対面には中尾彬(似)、上家には山本譲二(似)が座る。
なんだか強面で非常にイヤな感じだが、
ピンの店になんかホンモノなんか来るわけがないので気にしないことにする。
だが、服装を見るといかにもって感じでそれっぽい。
腕には金のメッキも目に眩しいごっつい時計。
服装も原色ハデハデで目が痛くなるシャツ。
そしてそのポケットにはお決まりのサングラス。
まるでそこだけ一足お先に夏真っ盛り。
もう気分は南国♪ってな感じだ。
だが、まぁいい。
麻雀は顔や服装でやるわけじゃない。
それにピンの店になんか、やはりどう考えてもホンモノが来るとは思えない。
第一、もしかしたら、本当はすごいふれんどり〜でうぃっとに富んでるお方達かもしれない。
何事も決め付けはよくない。
ますはこっちから友好的に挨拶でもして場を和まそう。
和気あいあいと打てればそれに越したことはない。
しかし、「よろしくお願いします♪」
と精一杯の笑顔で言ってやったにも関わらず、ただの一人も反応しない。
まったく、この無反応ぶりといったらサイトを立ち上げたにも関わらず、
応援メールがまったく来ないのといい勝負だ。
どうやら、今回同卓になった連中はふれんどりぃ〜な雰囲気で打つ気は全くないらしい。
つまり、あくまでも顔で勝負しようってことらしい。
そっちがそのつもりならこっちにも考えがある。
目つきが恐いとか年々顔が怖くなっていくとか、
何を考えてるのかさっぱりわからないから怖いなどと有難くもないお言葉頂戴している俺だ。
ちょっとやそっとの顔勝負で負けるわけはない。
顔対顔のタイマン勝負。いいだろう。受けてたってやろう。
だが、顔には顔で勝負だと睨みつけていると睨み返されてしまう。
ひっ。
思わず声にならない悲鳴を上げる。
マ、ママ、ホンモノハキョワイヨ。
ちくしょう、俺が本当は小心者だからっていい気になりやがって。
ちょっと顔が中尾彬してるからってよ。
ちょっとやばい雰囲気を漂わしているからって調子に乗るなよ?
だが、まぁいい。麻雀はな腕なんだよ。
お前等は顔で勝負しておけ。俺は腕で勝負する。
もちろん、どっちが勝つのか分かるよな?
ロン、タンピンサンシキ。
何だよ、うるせぇな。
俺のダントツトップで決まりなんだから、大人しくしとけよ?
だが、場をよく見てみるとすでに南二局で北家。
しかも、俺の持ち点は8,300点。
一体いつの間に?
3着は誰だと場を見渡すとどうやら16,500点持ちの中尾彬(似)らしい。
くそう。3着すら遠いよ。
もし、アウトなんかしたら、どうなっちゃうんだよ。
キレた中尾彬(似)と山本譲二(似)に殺られちまうかもしれない。
この窮地を抜け出すにはアレしかねぇよ。そう禁断の打ち逃げ(通称:バックレ)だ。
そして、決意した俺は迷うことなく脱走計画を発動する。
「すいません。代走お願いします。」
メンバーにピンチを頼んだ後、いかにもがまんにがまんをしていたという感じでトイレに駆け込む。
そして、雀荘脱出作戦のためトイレの中で適当に時間をつぶす。
頃合だと思われたときにメンバーに気づかれないようにゆっくりと慎重にドアを開ける。
この緊張感、ドイツ収容所から逃げようとする連合軍捕虜に合い通じるものがあるだろう。
頭の中では大脱走のマーチが鳴り響き、気分はすっかりスティーブ・マックィーンだ。
これでグローブがあったら完璧だが、この際贅沢は言えない。
そして、無事にドアを開けるにことに成功した俺は、
トイレから出ると同時に中腰ダッシュしようとした。
しかし、勝利を確信していた俺をメンバーの声が打ち砕く。
「3卓本走さん、お戻りでーす」
代走していたメンバーさん、カウンターにいる店長代理、
トイレ前に待ち構えているメンバーさんに注目された俺は蛇に睨まれたカエルのようにただその場に固まるだけだった。
ことここに至ってよくやく俺は作戦の失敗を悟った。否、悟らされた。
そして、無残にも作戦が失敗してしまったために放心していた俺に
「お疲れさまです」
の声と共におしぼりが差し出される。
少年諸君、トイレの前でオシボリを用意しているのはサービスのためじゃなく、
逃走防止のためだったということを君は知っていたかい?
刀折れ、矢尽きた俺はすっかり意気消沈して卓に戻ると、
既に南二局は終わっていたようでメンバーが状況の説明をする。
「対面の方が下家の方に打ち込みまして・・・」
それを聞いた俺は内心ガッツポーズをする。
一体いくらの打ち込みだ。ザンクかゴンニか満貫か?それともハネ満でラス脱出かー?
しかし、俺の儚い期待など一瞬で打ち砕かれる。
「1,000点移りました」
たったの1,000点かよ。男らしくリーチでむしり取ってくれよ。
ズガンといっといてくれよ。ドカンと討ち取ってくれよ。
リードは守るもんじゃなく広げるもんだろ。
ケッ!!女々しい奴め。
所詮他人は他人。頼りにならない。
頼れるのは自分のみ。
数分後。
南三局7順目タンピンオモオモで満貫聴牌。
さすが俺。いざとなったらやる男だよ、俺は。
待ちも58筒なので赤5筒をつもればツモッパネだ。
これでラス回避は確定だ<でも、怖いのでダマ。
しかし、なかなか当たり牌が出てこない。
早くも警戒されたのかと思っていると上家の山本(似)がリーチをかけてくる。
ここで退くわけにはいかない。退くということは即ちアウトを意味する。
この崖ッぷちの状態で降りる奴など男ではあるまい。
こうなれば、めくりあいだ。
しかし、お互いにツモあがることも当たり牌が出ることもなく過ぎていく。
まさか、このまま流局まであるのかと思い始めた11順目、山本(似)が5筒を卓に叩きつける。
よりにもよって、オナ聴だったのかよと思ったのも束の間、手牌から5筒が3枚倒れる。
一瞬にして58筒の両面待ちが辺8筒待ちになってしまう。
しかも、あろうことか5筒が槓ドラになってしまう始末。
つまり、山本(似)はハネマン確定ってことだ(オモ4赤赤)
これは非常にまずい。振り込んだら即終了だ。
しかもこっちの当たり牌は残り2牌(既に場に2牌出てる)しかない。
だが、ここで引くようでは、麻雀打ちとしては最低だろう。
俺は今まで以上に強く念じる。
安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌
安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌
安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌
安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌安牌
もう8筒なんかいらん。このまま流局でいい。
だから安牌つもってきてくれ。
しかし、願いも通じず危険牌をつもってくる。
もちろん、俺は迷うことなく現物を切る。
小心者と呼びたければ呼べ。
次局に賭けるために引くのも立派な勇気であることを俺は知っている(←言い訳)。
だが、そんな俺の次局に賭けようという思惑とは裏腹に山本(似)がつもり上げる。
リーヅモタンヤオサンアンコウオモ4アカアカウラ4
言うまでもなく数え役満である。
点棒を払う手が心なしか振るえる。
やべぇーよ。残り300点しかねぇーよ。
しかも、役満のご祝儀払ったら、3着でもアウトは決定だよ。
激しく動揺する俺だったが、下家の一言で救われる。
「数えのご祝儀はどうなるんでしょうね」
メンバーを呼び確認すると数えにはご祝儀はないと言う。
間一髪で救われる。まだオーラス勝負でラス脱出の可能性がある。
仄かに見える希望に全てを託そうと気合を込めて牌を流し込む。
だが、対面の中尾(似)が俺の方を見ながらとんでもないことを言う。
「これでラストだ」
なっ!?思わず絶句する俺。
残り300点とはいえ、まだ飛んでもいないのに終了とはふざけた野郎だ。
どうやら俺が飛んだと思っているようなので、しっかりと抗議してやろうとすると
「すまないが飛んでしまった」
と中尾(似)が宣言する。
そうか、親っかぶりで飛んだのか。
所詮はおまえも俺の敵ではなかったということだな。がっはっはっは。
こうして顔対腕の熱い戦いは俺の圧勝の末に幕を閉じたのであった<残金600円
今回の教訓:正義は勝つ!!
アウトするかしないかの緊張感はたまりませんな。
いやな汗もすごい出てきてダイエットにも最適。
ぜひ一度お試しあれ♪
とりあえず、大学編はこれで終わりです。
次回からは社会人編となります。